思い煩うことなく楽しく生きたい

アラサー理系女子の愚痴/専攻は生物学/趣味は山登り

後悔しない

 市川由衣主演の「海を感じる時」という映画を観た。この年頃の女子は「身体だけでも必要とされたい」と思う傾向にあるようだ。私も高校時代はそうであったので、非常に共感できる内容だった。

 しかし、なぜ「身体だけでも必要とされたい」と思ってしまうのか。この年頃の女子は「私は誰からも必要とされていない」と感じる傾向にあるのかもしれない。私の場合は、当時好きだった男に振られ、自暴自棄になっていたのである。ピアスをあけたりもした。「私のことを求めてくれるなら誰でもよい」という考えに至ったのだ。そして、私のことを好きだと言ってくれた友人とそのような関係になった。性的な行為をしたのはその時が初めてだった。実際、その男の人にも好意(友人としての)があったので、彼との時間は心地よかった。彼と交わした情熱的なキスは忘れられない。

 そのことを後悔しているかと言われれば、まったくしていない。後悔はしない性格なのだ。例え失敗だったとしても、当時は15歳のガキンチョだったのだ。失敗の一つや二つしても許される年である。むしろ、失敗せず成長し、大人になってから失敗からの回復法を知らない方が、怖いはずだ。よって、過去のことはすべてよい経験だったと思っている。

 二年前、その男と10年ぶりに再開した。お互い大人になったとヒシヒシと実感した。そして、いかに当時が子供であったのかも実感した。こうやって人間はみな生長するのだ。

 しかし、仮に夫が突然死ぬとする。そうすると私は誰かにすがろうとするだろう。その男かもしれないし、他の男かもしれない。人は誰かに必要とされたいのだ。それは大人だろうと子供だろうと変わらないのだろう。